かぶとむしのお礼

京都釣組

2011年08月02日 20:20





とある夏の、昼下がりのことじゃった。

真夏の炎天下、近江の国は琵琶湖の浜に、

一心不乱に竿を振る釣り人が居ったそうな。



その日の釣果は残念ながら。

それでも、飽きもせずに、お気に入りのルアーを投げ続けて居った。

その甲斐あってか、数回水面が割れるのじゃが、

残念なことに、フッキングには至らず、ホンに参っておったところ・・・・・


「おい!そこの釣り人。」


と、どこからともなく、呼ぶ声が聞こえたような気がしたんだと。

しかし、釣り人が辺りを見回しても、誰もおらん。

不思議に思っておると、今度は、


「おい!釣り人。早よう助けよ!」と。


これは一大事、と思った釣り人は、再び辺りをキョロキョロ見回るのじゃが、

浜のどこを見ても、背後の林にも、やっぱり誰も居らん。

怪訝な顔で、湖面に浮かぶルアーを回収しようと湖面に目をやった時じゃ。


なにやら、モゾモゾうごめいておるものが居ったそうな。


「なんじゃこら。」と、目を凝らすと、

どうやら一匹のかぶとむしが居ったんじゃと。

釣り人が近づき、目と目が合ったその瞬間、


「おい!早ようせんか!」


と、そのかぶとむしが、ずいぶんと横柄な態度で言いおったとかどうだとか。


幸い、周囲の水の中には、そのかぶとむしを狙う魚影は無く、

釣り人は、そっと両手で掬ってやり、ウェーダーに取り付けてやったんじゃと。





「ふーっ。助かったわい。」と、ホッとした様子のかぶとむし。


礼も言わず、ずいぶんと偉そうな物言いだと感じていた釣り人じゃったが、

相手は、虫の王様と呼ばれる、かぶとむしのこと。

仕方がないかと、水から上り、背後の林へ逃がしてやろうと歩きはじめると・・・・・・

「釣り人よ、礼がしたい。このまま林を奥まで行けい。」と誘ったとか。


しかし、未だ一匹の魚も掛けておらん釣り人は、

「礼はええ。早よう、林へ帰りなされ。」と、そっと木に移してやったんだと。


亀を助けた浦島太郎は、竜宮城で饗宴に耽って居ったが、

この釣り人、そんなことより、とにかく気持ちのいい一本が釣りたかったようじゃ。

そして、結局お礼の一言も言わずに、木へ移ってからどこへやら姿を消した虫の王様。


釣り人は、少々惜しいことをしたような気になりながら、

その後もルアーを投げ続けたんだと。


時折、背後の林を気にしながら、

心のどこかで、かぶとむしを助けてやった恩恵に授かれるなどと期待しよってな。


じゃが、ほんとに釣れん。


釣れんどころか、遠投を意識しすぎてバックラッシュじゃ。


徐々に日も傾き始め、虫たちの時間が訪れる頃になっても、

一向に、かぶとむしの恩返しが届かん。

待てども待てども、投げても投げても。

・・・・・・・・

結局、かぶとむしからのお礼はひとつも無く、

ボウズでこの日の釣行を終えたそうな。



それからじゃ、

夏のこの季節になると、

あの浜でウェーディングをしながら、あの日のかぶとむしの恩返しを、

釣り人は、未だに待って居るんだとか。


いやいや、見返りを求める、偽善的な行為は慎むべきだということじゃ。













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